全体主義、風力ファシズムにはめ込まれている。

裏山の風力の写真をアップしながら、由良町では誰も風車の写真を撮らないことに気が付いている。観光資源になると豪語して被害を否定するのに、嘘八百の魂胆が丸見えだ。虐待、破壊が面白いんや。誰も反抗しなかった。私に対する敵意がな、そんなに私が憎いのか、と彼らの心理に思いを馳せる。とうに私は人種が違う、と確信した。心の糧にしているから、盾、鎧みたいなものだ。

何か心の拠り所がなかったら精神が崩壊しそうだ。頭をやられてヘンになった人を多く見ている。虐待されるからね、哀れなもんさ。それを笑いものにして喜んでいる、とても見られたもんじゃない。社会の崩壊なのに、皆が喜んで笑っている。役場では手を叩いて踊って見せるからね、よっぽど嬉しいんやで。彼らの正体をこれでもかと見せつけられる。

その録音や動画をSNS、Xでアップして見せても誰も反応しない。自然エネ、サステナブルの魔法が効いている。問題の大きさを取り違えてはならない、と云うんだから大した価値観だ。人の苦しみや死が面白い。落ちた人たちを見る。たまに写真展なんかをやっているけど、風車群を写したものはない。撮ったらアカンのやで。すっかり自己家畜化している。私は町一番の嫌われ者だ。

これが面白いかな。【被害はない】と叫ぶ人らに、笑って答えてやる。あなたは素晴らしい。神さんのようやで、