時局を見るような記事が載っていた。一つはチベット人の自殺、そして日本を守る(破壊阻止)だ。日本人には、ビンッ、とこないかもな。風力発電の被害を見ると、とてもこのような思考があるとは思えない。「関係ない」が一般的だ。何か言った日にはボロクソに笑いものにされる。生贄のターゲットだ。そんな論点になっているのに、不思議に反発しか感じない。オールドメディアだからね、信用なんかない。
日本人なら焼身自殺してまで国連で訴える人がいるか。あるわけないわな。「アホよら」それで終わりだ。水俣病でも、福島の原発でも、風力被害でも、自殺はないわけじゃない。しかしこれまでの歴史を振り返ると、既に結果論がある。犬死だ。どうせ死ぬんだったら、殺されて笑いものになるんだったら、戦って死ねばよいのに、と私は思う。こんなのは全国で私一人だよ。日本だけ「Stop wind turbines !」精神がない。
何か恐れ多い、神がかりした憑代とでも思っているんだろうね。由良町で、特に風車のふもとに暮らす人たちに聞いてみたらよい。洗脳支配も、ここまでくればカルト宗教だ。国がやっている。役場が管理してお祭り騒ぎだ。いや、恐怖の風車教が覆っているのだ。私は、これまで散々、助けを求めたけれど、結果として笑いものでしかなかったのだ。全国でも同じ状況だ。被害者が連携してまとまればと思うけど、それも実現しなかった。
分断工作とか、寝返りだけじゃなく、低周波被害で頭をやられる。その悲惨を見る人たちは大喜びだ。これが日本の現実だ。アメリカやヨーロッパでやっているような、風力反対とか裁判とか、とても日本では無理な話だと体験してきた。警察も検察官も、裁判所も弁護士とかもな。日本中が風力被害者をアホにして叩きまくる。面白くてならんのやで。死んだ被害者たちの可哀想なことよ。言えば言うほど、人々は興奮して否定する。
ワシらは何ともない。オマエガ間違っている。Xでの反応も薄らいできた。どうでもよい、何でもいいのだ。苦しんで死んだらよい。そこには焼身自殺して訴える人の心など、鼻にもひっかけない。インバウンド、移民政策だってか。政治・経済、行政の悪さはどうしようもない。同時に笑って喜ぶ日本人社会がある。熊の被害みたいだ。風力発電じゃない、と悪意に満ちたメールが来る。誰も「やめろ」と言わないんやね。
もっとたくさん風車を立てよう。原発を作ろう。そういう人たちがいる。移民は国の宝物なんだって。日本の敵じゃない。これこそが日本人の心情になっているのだ。風力被害が面白いという人が多い。由良町だけじゃないでしょ。住みにくい国になってきた。



