近所の百姓らと話していて、なんと禍々しい作り話を嬉しそうに云うんだろ、と感心した。風力被害を訴えていて、初めから彼らの情報戦に気が付いていた。町中で同じ言葉をあちこちで聞く。「低周波は冷房にもテレビにもある。どうして判断するんだ」とかな。素朴な百姓たちにしては語彙が多すぎる。昔の百姓言葉じゃない。操り人形なのだ。それが役場の手先となって、権力の末端になって喜ぶことよ。
ちょうど『自由からの逃走』フロムに描かれるナチズムみたいだ。私は旧家のボンだから、とくに差別感が明らかだけど、畑地区とか、風力被害の激しい地域でも、同じ作り話が行き渡っていた。心理戦に人々は大喜びだよ。今もそんな言いがかりをつけてくるんだから「風力被害」真っ盛りなんやで。「ワシらは何でも知っているんや」とそれは嬉しそうに敵意を丸出しにして叫んでいる。
アレアレ、もう人間じゃない。低周波音で人の精神は狂いだす。『死に山』Dアイカーに書いてある通りだ。それに洗脳支配がある。精神や思考が操られる。地域支配の酷さがな、これでもか、と襲うのだ。そりゃぁ、他の被害者も黙り込むわ。言えないんだ。云うたらアカンのや。水俣病と同じ原理を見る。水俣病は終わっていない。恐ろしい現実がある。心理工作の闇を見ろよ。彼らと話したらすぐに分かる。
可哀そうだと思うけど、私には何も言えない。それを、チッソ、チッソと云うんだから怖いわな。同じように由良町でも「風力かい」と睨まれる。彼らは優越感に勝ち誇っているのだった。それは役場だもの、国家権力を背にしていると思い込んでいる。私の心の糧は家柄意識だ。一緒にしないでくれ。人種が違うんだよ。世界ではどの国でも風力反対をやっているのに、日本だけ違う。
なぜ私だけが真実の被害を伝えられるのかも、少しは分かってきた。家柄、血筋なんだろう。低周波の被害者になったおかげで、人々のウソがすぐに分かる。昔のハリウッド映画にもありましたな。台本があるんだ。(添付記事はペテンだ)




