谷口愛子さんから悲鳴のような電話があったのが、h23年の11月末のことだから、もう15年も経っている。私は便利が良いので谷口さんの資料を使っているけど、他の被害者だって、初めは必死になって助けを求めていた。私のホームページを遡ってみると、谷口さんが亡くなってから、その資料を使えるようになった。生きている内は、とても話にならなかった。
協力なんて、スパイ工作員に破壊されてコテンパンよ。引きはがし、孤立化、人物破壊、やっと今、それらの工作が理解できている。地域対策でプロの組織が支配した。いくつか「考える会」の録音をアップしてきたけど、地獄の風景だ。それをXで多くの人に伝えたけど、誰も反応しない。
私でさえ、それらの意味が分からなかったんだから、第三者が、一般の人らが理解するはずもない。よっぽど社会学に興味があって、地域対策の現実を学ぶ気持ちがないと分からない。それと登場人物だ。由良町の人にも聞いてもらいたいのに、誰もインターネットをしない。Xなんて、トテモ、トテモ。町民はとうに頭が吹っ飛んでいる。
初めから、風力というとみんなが可笑しくなる、と言われていた。原発計画でもそうだけど、何か大きな権力が動くと、人は敏感に反応して舞い上がる。50年前、由良町の周辺には三つも原発計画があった。私はその時、土木科の学生だった。その時の経験が、風力被害の情報分析に役立っている。
今、68才だから、私より年上の人で、こんな現実を振り返る人はいなくなっているのだ。いや、既に途中から諦めている。被害者から、一般の町民から、どれだけアホにされて罵られたことか。それらの人は怒ってしたし、笑っていた。煽りもあるだろうけど、私に何か叫ぶことが嬉しかったんだね。谷口さんにも汚い言葉で激昂して叫ばれたもんさ。「出ていけっ」とな。それはすごかったよ。最期に、死ぬとき、夜の8時ごろに何度も電話してきたくせに。


