PFASの本があったので読み始めた。フッ素工場の公害はフランスが有名だ。今も相変わらずやっているだろう。フランスの環境運動家は、フッ素の話になると憎悪をむき出しにして怒っていた。社会悪となっている。公害とは、どこでもそうだ。私は風力発電の被害を訴えているけど、由良町では一人だけ、イヤ、日本中でも、私だけが低周波被害の現実を伝えている。
土砂災害じゃないからね。ペテンのエセ反対のおかげで、いやいや、日本人独特な事なかれ主義、被害者蔑視のセイで四苦八苦している。村八分。世間の嫌われ者だ。人々の喜ぶことよ。生贄なのだ。だから皆、中身を分かっていて喜んでいる。日本病だね。この本の中にも、同じ町に住みながら被害調査はしないと主張する人が半分あると書いてある。
それと御用学者よ。町長とか議員とか、職員もいるだろうに、暖簾に腕押しかい。PFASは沖縄や岡山県だけの問題じゃない。全国展開している。フッ素を含む物質にはたくさんの種類があって、それぞれ別個に検査する。由良町もそうなっている。合計すると、結構な数値になるんじゃないか。指定されていないフッ素化合物もあるしな。
健康被害を見たら、悲惨やな、に尽きる。風力被害だって狂い死ぬからね、それでも、誰も何も言わない。因果関係というか。由良町の被害否定パレードを見たら、風力の低周波被害とか何か?、逆に明らかに見える。権力の手先となって高揚感が舞い上がる。自己実現して偉ぶる。アホよら、と笑うのだ。
憎しみとか、怒りとか、感情の吐け口にされる。社会の崩壊だ。繋がり、だってか。みんなと一緒に頑張る。嘘つけ。被害者を黙らせて成果を誇るんだ。集団心理、群集心理の典型よ。個人の考え方まで固定する。水俣市に見るように、元には戻らんのやで。落ちた人にはなりたくもない。しかし現実には、由良町で見るように、「被害はない」と叫ばれる。私以外に反抗するものはない。私のアイデンティティだ。ここまで来た。


