大塩平八郎の乱、幕末、明治維新、と歴史の展開を見ると、そこには必然としか言いようのない流れがある。徳川の家臣なんか使い物にならなかった。和歌山藩では旧藩士は竹の笊をもって物貰いに歩いたという。武士でも何でもなかったのだ。我家ではミカンとか商品作物の栽培を始めている。米や麦が主体だったけど。海運業で一儲けがあったようだ。今、世界は戦争で賑わっている。
由良町にいてもその気配が伝わってくる。皆、浮足立っている、と言ってよい。公務員がまた威張っている。安定した生活かい。私にはどうも卑しさしかない彼らを見るのだ。風力被害があるからね、議員といい、無責任を絵に描いたようだ。いや、彼らは喜んでいる。不安な時代こそ、政治や行政の逞しさが見える。庶民のアホぶりがな、ヘコヘコして下賤なことよ。ゆらAコープに行くと、社会の縮図がある。
ここからは21基の風車がよく見える。誰も何も思わんのと違うか。もう慣れっこになっている。回っていようが、止まっていても関係ない。風景の一部として気にもならないか。いやいや、被害者にとっては、風車が回っているだけで目まいがする。たとえ止まっていても、重苦しい気配に包まれる。由良町から車で出ると、途端に楽になるからね、御坊市へ買い物に行くと気分転換になるのだ。
風車の麓、畑地区、中地区は被害率100%だから多くの人が私と同じ被害感に苦しんでいる。頭をやられてヘンな人になっているけどな。私はもう誰にも話しかけない。アホらしくて馬鹿を見るだけだ。落ちた社会に、誰かがモノを言ってもいいだろうに。いや、日本では私一人が風力発電の低周波被害を論じている。今じゃ貴重な変人よ。人々の笑いものよ。低周波音で目まいと耳鳴りで苦しい。
首の神経も痛いしな、気持ち悪いんだよ。風車の麓の人はさぞや苦しいだろ。なんと辛抱強い、と言うか。もはや動物園やで。よくやるわ。誰一人として風力反対の言葉がない。支配の凄さを見て感動するのだ。そりゃあ、谷口愛子さんを皆でアホにして笑うんだもの、恐ろしい人たちさ。関わらんとこ。






