「言うてるだけでしょ。アンタ、どこも悪くない、元気だ」、「風車の近くはかえって被害がない」久しぶりに環境運動家が来てそう嘯くのだった。セリフがな、決まっているのだ。これまで何度、こんな強烈な罵りを聞かされただろう。被害者にダメージを与える。言葉の暴力、優越感を見せつける。野鳥の会などが得意にしている言葉だね。私がよく[環境運動家]という表現をしているけど、野次馬根性、オチョクリ、関係者の被害者対策だ。
その人をターゲットにしてくるから、巧みな話し方に、アレッ、と感じる。それもな、何度も訪ねてきて会話が出来るようになって、油断させてからの結論だ。もう何人、こんな奴が我家に来ただろうか。新聞記者にもそんな奴がいた。話していて、ガッカリしたものさ。新聞もテレビも風力推進で固まっている。Xだけ、風力発電の被害を載せているけど、【風車を撤去しろ】と書いたら途端にロックされて使えなくされる。
投稿記事を削除するとまた使える。その繰り返しだ。それと言葉のすり替え、ガセが多い。あたかも心配する風を見せて、別な話に誘導する。自然環境を壊すな、とかね。低周波被害に苦しみ、助けを求めているのにさ、風車の撤去しかないやろ。被害者差別、敵視、憎悪に襲われる。これが地域社会に固定されるとな、まるで魔法の国を見るのだ。
我家は旧家なので、親とか、祖父母の事を思うと、いかに社会というものは恩も恥もない穢れたものでしかないことが分かる。人の不幸が面白い。なんや、風力に被害のあることを知っていて笑って喜んでいる。動物やな。海外なら「Stop wind turbines !」と言って地域の人々が抗議デモを起こしている。日本の有様を見よ。人間レベルの低さに目まいがする。珍獣かい。アホよら、と笑うだけの動物、






