由良町では全員がテレビを見て暮らしている。スマホは普及しているけど、検索とか、インターネットとして使う人はいない。電話機能、時計、天気予報だけよ。小さなガラケーでよいのに、大きなタブレットを持って自慢している。大きい方が見やすいんだって。
田舎のことだから「お花畑」と言っても意味が通じない。Xの記事を見せても、ヘンな顔されるだけ。中には大学出た人もいるだろうに、サラリーマンもいるやろうに、テレビにはない「ニュース」を見たいとも思わない。与えられたテレビ番組を見て喜んでいる。
若い人の間ではテレビ離れが進んでいる、というけれど、由良町ではそんな気配はない。私を見たら「アホよら」と嘲笑う。とても嬉しそうだ。思考回路がそうなっているんだね。生きている人間が、まるでロボットのように決められたセリフを繰り返す。感情さえも、怒り、憎しみが操られる。
もちろん本人が自覚的に生きていると思い込んでいるやろ。私一人だから、1 対、すべての人、となっている。Xでも情報工作が酷くてな、風力発電の被害を発信するのに難儀している。誰も低周波被害だと言葉にできない恐怖感があるらしい。その一線を越えられない。
というか、「お花畑」の一員として承認欲求が強すぎる。私の投稿に「いいね」をしながら、実際は人工芝だ。中間はない。敵、味方の区別になる。いろんな話にしてごまかす。楽しんでいる。低周波被害に苦しみ死んでいく人に「笑い」でしかないのだ。ご自分には関係ないからね。
戦争、スパイアクションを現実に楽しむ。アホにしまくりやな。これが日本人の正体なのだ。滅びるしかない。私はそう思っている。h23年から延々とやってきたけど、とてもいい勉強になった。水俣病の本に一冊、ヘンなのがあって、「こんな本は誰も読まないでしょう」と著者が書いてあった。風車病でも同じことやな、と今更のように思い出す。



