水俣病と、水銀被害と、

公定法と、赤木法という水銀の測定法がある。水銀があるのに「ない」とするのが公定法だ。世界では日本だけがそんなアホな分析を繰り返していた。工業化学は少しだけ特殊で、定性分析と定量分析が交差する。有機水銀化した魚や貝に、どんなメスを入れるのか。初めから悪い原因は分かっていた。それをワザワザ測って「基準内です」と云うんだから犯罪だわな。

しかしここでも風力裁判で言う「低周波の法律はないんや」と警察や検察、裁判官や弁護士のアホさを見る。安政の大獄やな、と感心したよ。なぜ、世界的には「MINAMATA」なのか、人災、国家犯罪、日本人を侮蔑する代名詞だ。今も相変わらず水銀被害を否定する。被害者だけがワリヲ見る。政治や行政の悪辣さがな、その社会を支配して覆うのだ。被害者も、チッソ会社もない。風土病になっている。

日吉フミコじゃないけど、水俣市で誰かに聞いたら分かるで。怒られるって。ヘンなの。でも彼らにはその不思議の世界が分からない。最初は水銀自体を測らせてもらえなかったという。ウイルス説や、米軍の爆弾のセイだとか、いろんな諸説が賑わいましたなぁ。あの御用学者やメディアはいったい何だったんだろ。私の懲罰議会や風力裁判でも、嘘八百の罪状に舞い上がっていた。人々は大喜びよ。

役場では手を叩いて踊って見せた人がいた。よっぽど嬉しかったんやで。たくさんの被害者が助けを求めたやろうに、その役場や議員は、真逆、正反対な虐殺者の群れであった。「あの人は人間だとは思っていない」と私に伝えてきた被害者がいた。「役場は風車で固まっている」と内部の秘密を話したやつがいた。水俣病やな。被害の核心は分かっているのに、何もかも否定する。社会道徳の破壊が面白い。

誰も反対することはできなかったんかい。私なんか小心で、本当にどうでもよい気ままな性格でしかなかった。もし私が重症の被害者でなかったら、もしあの時、町会議員でなかったら、ここまで延々と風力被害を訴えただろうか。散々アホにされたからね。生きるためには何か言わなければならなかった。言葉を持たずに苦しみ死んでしまった人が多くいる。答えは既にあった。正義は私にある。

勝つとか、負けるとか、悲惨な現実に戦うしかない。鳴かず飛ばずの10年か。アメリカじゃ風車を禁止したのに、それを見ても日本だけ風力推進に凝り固まっている。相変わらず、低周波音の被害を否定する。Xで最近、巧妙な被害の否定をする返信メールが多い。オチョクリだ。これが日本の現実だ。水俣病のようにして、何か別な名前が必要だね。風力人間。環境運動家。風魔。日本人の悪意が収斂する。他人の不幸が面白い。同じ被害地域に住みながら、