日本では誰も風力発電の被害を発信しないから、私一人が今の状況を、何が悪いのか分析して見せている。『風力発電の被害』を書いた時よりも、一段と明確に、ハッキリと見えた風景がある。私は設計コンサルをしていたから報告書や論文を書くのに慣れていた。それはh18年の東伊豆町の調査報告書を書いた人も技術屋さんで、とても読みやすく纏められていた。
日本中に発信されたから、関係者はほとんど目にしたことだろう。同時期にニーナピアポント、汐見文隆の本が出回る。風力被害の本質は、これで出そろった感じだったのだ。ところが日本人には、読んでも分からない。各地でやっている地域対策「考える会」では「土砂崩れが心配です」とやっていた。「風力発電の被害とは土砂崩れである」御用学者を担いで、堂々と弁じているんだよ。
参加する環境運動家たちの高揚感、恍惚はないわな、カルトやな、と恐怖を見たよ。今も御坊市などでそれをやっている。政治、議員、手足となって働く環境運動家たちの異常な熱意よ。風車を建てないともったいないんやで、と繰り返す。由良町で見て分かるように、自治会費など、せいぜい年間に1万円程度もらうだけ、だろう。それであの風景だよ。
私の事を皆さんは「アホよら」と笑うけど、広く一般に見たら、由良町こそ、異常事態に笑い喜んでいるのだ。その狂気が分からないのかい。被害率は100%やな、と私は見ている。「ワシらは何も聞こえんで」という人でも、私に対する攻撃性、蔑視の意味を振り返ったことはあるだろうか。全国の風力地でもそれは同じで、「誰も関心がない」とされている。精神被害に誰も気が付かない。
心理操作されているのに、当人には自覚がない。聞こえないから、知らない内に変化している価値観に気が付かない。攻撃性が顕著になるという。それとロボットのようになる。薄っぺらい紙のような感じ。初めから言われていた通りの変化を見るのだ。人間破壊だよ。私への悪口が唯一の楽しみになる。「アホよら、アホよら」と今でも人々はとても嬉しそうに笑っている。他に言葉はないんかい。
刷り込まれたセリフだけを繰り返す。視察に来たジャーナリストたちも、他の被害地と比較して、まったく同じ惨状にバンザイしていたのだ。結局、山本節子女史にあってから、以降の風力反対の機運はどこにもない。GX予算150兆円の威力だね。カネと支配が覆っている。死んだ被害者は哀れだね。言葉を持てなかった。意志も思考もなかったんかい。だからバカにされたんかい。今も同じ被害を見ているけど、






