『民衆の敵』だと書いてきた。由良町で私一人が駆けていく。もはや誰も相手になるものはない。「アホよら」これが私の通り名だ。死んでいった被害者たちもそう言われていた。まだ生き残っている人もいるけど、すっかり変心している。ヘンな人であったり、諦めた人生だったりと様々だ。被害感のない人が大半だからね、それが一斉に牙を向く。私に対してだよ。それほど私が憎いか。
自分たちも同じ被害環境にありながら、よくやるわ、と感心する。水俣病では、水俣市の人がほとんどそんな有様であった。s57年、長岡技大には全国から学生が集められたので、八代高専や呉高専の人がいて、被害の事を恐る恐る聞いたものだった。新聞で、あれほど騒いでいたから。テレビニュースでもありましたな。もう50年も経つのか、それでも現地の人たちの話を聞くと、何も変わってはいなかった。
差別がある。蔑視、被害者を嫌悪する。悪いのは公害企業だし、アメリカの虐殺だろうにな。人体実験のモルモットにされたんやで。これからも、いくら分析しても書き足りない闇の深さを見る。国の政策として被害者の管理をする。逃げ出すしかないわ。そうした前例を見ながら、風力発電の被害を見てきた。環境省や厚生省の悪さよ。議員のあくどさに目まいがする。再エネ議連の悪さは有名だ。
それに呼応して、俄かの「環境運動家」が跋扈する。野鳥の会、結構いろんな自然保護団体がある。環境省の傘下でな、スパイ工作員として活躍する。普通は自然を愛する心優しい人たちかと思うけど、一皮めくれば風車の手先になって働く卑しい面々よ。単なる変わり者でしかなかった。それがまことしやかに風力の被害者を否定して、更年期障害だという。鳥の遊び場になる、と言っている。
不思議な吹聴だけど、誰も否定しないからね、それが異常な被害を増幅させたのか。心の弱さ、長い物には巻かれろ。抵抗できなかったんだろう。ただ、海外を見ればどの国でも烈しい反対・抗議デモが展開する。日本人にその危機感はない。むしろ風力被害者が面白いと手を叩いて囃し立てる。喜んでいるのだった。政治、議員には風力反対は誰もいない。由良町でさえ、9対1。
私一人で、それは酷い弾圧の嵐を経験した。面白かったよ。泣いて私をアホにする奴がいた。それほど私の風力反対が許せなかったのだ。と同時に、被害者をバカにして喜ぶことよ。ここから見えることは、風力被害とは単に低周波だけではなく、地域支配と強権がある。住民たちは5000人もいるのに、「被害はない」と叫んでいた。私に対する汚い言葉を聞かされた。皆さん勝ち誇っているんだよ。
チッソ、チッソと、水俣市みたいだ。日本の原理主義やで。福島の原発被害を見て分かるように、被害者はコテンパンにやられて消えている。被害など聞いたこともない、だってさ。いわき市でも、どこでも聞いてみな。由良町と同じことやで。どうしたんや日本人。まるで操り人形や。意志とか、人間味とか、本来の感情はないのかい。人間やろ。世界常識を見ろよ。騙されているんやで。






