h24年、もう13年も前の話だけど、由良町の畑地区を歩いていて、人々の視線が突き刺さった。風車の被害はない、と言いながら、この敵意は何や、と思ったさ。風車が林立する山の北側は、「三尾川地区」と広川町になる。やはり同じような被害者がいて、私を睨んでいた。過激に私を罵るからね、由良町と同じ精神の高ぶりがあった。中には、言葉にならない呻き声を漏らして死んでいく。泣いている奴もいた。
田んぼの水利組合で一緒に溝掃除をした人たちがいたから、気軽に話が出来ると思ったのだ。違う。すっかり支配されていた。個人個人が管理されている。暴力を振るわれたとも聞く。地域の人と一緒に頑張っていく、と繰り返す。私たちは風力発電には反対ではありません、という。なんということだ、動物になっていた。この有様は全国の被害地で同じ変化だと言われている。そこの住民を使って、被害者を封じ込める。
末端のスパイ工作員がいた。役場や議員の悪さよ。その様子を見て笑いものにするんだから、確かに住民が悪い。地域の連帯とか協力とか、それは自滅でしかない破壊運動になっていた。私は被害者だからね、そう見える。私の住む門前地区でも、被害者はたくさんいる。これまで風車被害の見られなかった集落でも、ふと見ると「顔付」が変わっていた。10年でこんなにもひどい顔になるのか。
子供の頃には親しくしていたのに、今では憎しみがあふれていた。何をそんなに怒っているのや、と聞くまでもない、ヘンな人よ。私の悪口、人物破壊のエッセンスが染み通っているだろう。狂てるなぁ、と声をかける勇気もなえていた。本人には分からないのだ。役場とか、世間の風評に確信を持っているようだった。私との断絶、というより終わっていた。さようなら、と心の中で言う。こんな人を多く見る。
敵対関係が出来上がっているのだ。よくもそれで日常生活が出来るな。老耄、ボケ、精神衰弱、哀れな人よ。いや、畑地区では谷口愛子さんのように、次々と死んでいった。もう思い出す人もいない。社会の様子がな、こんなにも風車の町になっている。被害を言う人は誰もいない。ヘラヘラと笑うだけ。もうダメだね。水俣市でもそうでしょ。大変な被害にたくさんの人が死んでいるのに、それを言葉にできない。
福島原発とかな。政治や行政に正義はないんかい。日本人に矜持はないのか。私一人が周囲の転落を見ている。アホらしくってさ。格差社会。動物園を見るようだ。ワンワンッ、と低周波音が鳴っている。
由良町畑地区r8.1/10日






