無関心は処世術かい。

前ページに続いて、日本社会の破壊、個人への心理コントロールを書く。由良町に住んでいればすべての人は風力の影響下にある。人口5000人の、こんな小さな田舎町にも、学校や役場、医院、農協など、組織だった社会になっている。どの人に聞いても風力発電はタブーになっている。「関係ない」知らな、そんな言葉で逃げられる。風車の麓に住む人もいるのにさ、何が悪いのか毎日、思い知らされているのに、言葉にできないのだ。

Xの私の投稿記事に、こんな返信メールがあった。思想警察よ。原発でも太陽パネルでも、環境運動家は大はしゃぎする。とくに被害者に対する罵声はすさまじい。この返信メールだって、【被害者がいて苦しんで死んだ】に対して、「関心はない」だろ。つまり被害は認めない。勝手にしたら、と笑う。由良町民と比較して、どちらが、というつもりはない。日本全国、各地で行われている風力被害に、誰も反抗できないでいる。

ペテンのエセ反対は賑わっているけどな。最初から風力発電とセットになった【お花畑】だ。「土砂崩れが心配です」は有名だろ。他にも御用学者とか、自称・被害者を使ったイベント祭りになっている。参院選挙のスピーチのダシとかな。選挙言葉に利用されたらすぐに分かるやないか。再エネ利権、環境ビジネス、アホ丸出しよ。由良町で散々見ているから、候補者たちのアホ話にウンザリするのさ。

北海道の環境運動家なんかヒドイもんやで。秋田や山形の風力も、アラが見えたやないか。いや、やはり由良町が一番や。私に能力がないばかりに、これだけのドラマを見せられながら一貫した研究書にまとめられないでいる。三井造船由良工場とか、利権配分とか、人々の支配構造とか、社会学から見た分析はどれも見逃せない。私以外には誰も反抗できなかった。総スカンの議員選挙に、これでもか、と現実を見た。

風力裁判はトドメヲ刺す。私は由良守應の罪状を見ていたので、へーえ、と、好奇心いっぱいに見ていたんだよ。「懲役刑にしてやる」検察官がよくもそんな脅しを言うな。思わず笑ってよいのか、許しを請うのか、と迷ったよ。「後悔して謝罪するか」、いいえ、全然、と私は言った。「風力の被害など聞いたこともないわ」と言っていた。アッ、そー。被害者たちが助けを求めたことは知っていた。

しかしそれらの人々は、とうに私を裏切っていた。ほとんどが死んでいたしな。それに比べりゃ、ここでナニ言われようが大したことじゃない。みんなが迷惑している、としてもな。h23年11月からもう13年も経つ。私の被害感は変わらずに、今も耳鳴りや目まいに苦しんでいる。たぶん他の被害者たちも同じなんやろ。いやいや、精神的に廃人やろ。地域社会そのものがな、有害な低周波音に覆われている。

心理コントロールがある。絶好の社会実験場と化す。完璧な仕上がりだ。「すっかり出来上がっているなぁ」と視察に来た環境運動家は漏らした。あちこちと、被害地を回っていたらそんな違和感は一目瞭然だ。日本人だけ、なんで関心がないんだろう。オマエ、本当に日本人か。そのつもりなんだがな。源氏の血、なんやろ。守應の罪状は作り話だ。風力裁判と同じよ。