由良町を見て分かるように、これだけ風車の被害に苦しみながら、だれも何も言うことが出来なくなっている。とうに抵抗する意識も気力もない。人間が破壊されていることが分かる。初めのうちは「なんと辛抱強い人たちよ」と感心したものだけど、「みんなと一緒に頑張る」とか、いろんなスローガンを叫んでいたのだった。私に対する敵意も同時に聞かされる。
「私たちは風力発電には反対ではありません」と言うようになっていた。たくさんの隣人が苦しみながら死ぬ。それを見ながら誰も抗議の言葉がない。このページを最初から見て分かるように、谷口愛子さんだって、亡くなって、いなくなったからこそ私が利用している。最初の依頼者ではあるけれど、大勢のスパイ工作員に取り囲まれていた。10人が、10人とも同じ話を持ち掛ければ、私の言うことなんか「屁」よな。
「誰が由良さんなんかの味方になるか」と叫ばれていた。出て行けっと、それはエライ剣幕だったよ。早く死なねぇかな、とも聞いた。それほどお邪魔な被害者だったのだ。たくさんの情報を貰ったけど、それを公開したのは亡くなってからの事になる。2016年、汐見先生の逝去と共に、急速に風力被害の内容が変えられていく。水俣病と同じやり方で、地域の人が笑いものにする。嫌悪の的だよ。
我家は旧家だから、これまでの先祖の事を思えば、よくもそんなことが言えるな、と腹の立つことよ。実際に議員選挙では総スカンを喰った。誰がオマエなんかに入れるか、それが人々の応えよ。今もそれは変わらない。破壊された人たちを見る。私を恨むがよい。かえって、サバサバしている。やっとと自由になれた。低周波音で苦しんでいるけどな。人々のアホらしさを俯瞰する。この程度の人たちだったんや。
すべての人を敵に回して、これでよく日常生活が出来るなぁ、と笑える。畑地区だけで60人の人が直接被害があると答えている。被害感のない【被害者】もいるから、外見上は分からない。中地区、門前地区、里地区と、かなりな風力被害者がいる。一度、風車病になったら治らないからね、その人の変化をそれとなく観察する。動物園を見ているようだよ。狭い谷あいの町だから被害率は100%だ。
それを皆さんは私一人に向けて「被害はない」と叫ぶのだ。狂気、呪いの町やな。近くでは印南町の樮川地区で典型的な風車被害の様子を見た。住民の誰かに聞いてみな。こんなになるんや、と分かる。こんな被害症状は、じつは全国共通の顛末だ。誰も言葉にできない。「ワシらは何でも知っている」と自慢するんだよ。落ちた日本の風景よ。移民が押し寄せたら、完成するのかい。
裏山にある風車群です。r8.1/5日







