日本人の幻想、倒錯を見よ。

X(twitter)に投稿しているけど、汚い悪口が常にある。巧みな話術で原発の宣伝したり、奇妙な論理を振り撒くのもいる。御用学者てアホよな。由良町のような田舎町で、一般の人がそんな過激な暴言を浴びせられたら、パニックだろう。加害者の方は仕事だからね、自信たっぷりに被害者たちをねじ伏せる。ときには暴力を振るって締め上げる。家族がいようが、泣いていようがお構いなしだ。

その被害者が死んでも笑いものにするから、相当な悪意が覆っている。さすがに聞いた通りやな、と親父に言われた忠告を思い出していた。「こんなトコですわ」と谷口愛子さんも教えてくれた。そのご家族は皆被害を否定している。近所には夫婦で被害に苦しむ人もいるのにね、地域独特な呪縛がある。私は「アホか」とその人らを見る。しょせん人種が違うし、それだからこそ風車が21本も林立したのだ。

彼らの狂いようよ。外部から見たら、ワッ、と顔をしかめてしまう。住民には何のことか分からんのやで。その意識差がな、洗脳だけではなく、地域風土となって定着している。じつに風力被害を支えているのは人々の幻想だ。私はすっかり拒絶されていて、役不足であった。蜜柑の百円売り場、無人販売では、すぐに商品が盗まれる。ターゲットにされている。全部持っていかれるからね、大したものさ。

社会が崩壊しているのだ。私に対する憎しみが町民全体に浸みわたっている。それほど私が憎いか。面白い社会現象に、誰がこのシナリオを書いたのか、昔からの住民がなぜ喜んでいるのか、思いは尽きない。畑地区の惨劇を見たら、まだまだ私の苦しみなんか、と対立軸にする。山の北側、三尾川地区でも被害者の有様は卓越する。前記の谷口さんの実家があって、山の北側、南側でそれぞれに阿鼻叫喚する。

それをまた笑って囃し立てるんだから、面白いわな。地獄の演出よ。殺人事件なのに、それを楽しんでいるのだった。この人らはもうアカンわ。社会の崩壊を見るのは私一人かい。政治や行政は全く無関心だ。日本人だけが、なんでやろ。今も風車の低周波音が鳴り響いているのだ。