水俣病の本を読んでいて、ユージンスミスの活躍が面白い。写真がな、これほど威力があるとは驚いていた。アイリーンスミスと話した。被害者でもないのに、名前だけで世界に知れ渡る。原田正純、日吉フミコ、と人材があふれていた。それほど水俣病の酷さは公害を代表する事件だったのだ。水銀被害なのに、あくまでも「水俣病」なのだ。「風車病」とソックリやな、と初めから気が付いていた。
原因は初めから分かっているのに、政治や行政が、日本政府が被害を否定する。隠蔽工作をする。弾圧だった。私も散々やられたから、水俣病で活躍した人を見ると、とても親近感がある。今もその地域の人と話すと、傷跡、と言うより地域風土が分かってな、これが原因やなと分かるのだ。由良町でも、人々に聞いてみな。アッ、そういうこと、と現実の社会崩壊が見て取れる。被害者の悲惨な死がある。
嫌悪の的にされる。その人自身の評価だ。ボロクソやな。こんなにアホにされて死んでいくのや。私は家柄意識を盾にしている。キサマらとは人種が違う。卑しい奴らよ。たぶん水俣市でも、被害を訴える人は心の糧を持っていたことだろう。カネか。アホにされまくりやな。水俣学とまで言われながら、今の曲解、いや、地域支配を見ると恐ろしさを見るのだ。民度の低さよ。
奴隷化、家畜化とは言うけれど、由良町でそれを体験してみて初めてその威力の重大さが分かる。暴力を振るわれると人は動物になる。社会が呪われる。水俣で、由良町で、同じ風景を見る人もいるだろう。「水俣病は終わっていない」、風車病はあれから13年も続いている。住民たちはすっかり被害に馴染んでいる。苦しみ抜く人はいるだろうにな。私もその一人だ。人々のあざ笑いに心が痛い。
こんなにも彼らは人の不幸が面白いのだ。もはや被害者が死んでも何も思わない。その意味も、風力被害の恐ろしさも感じないらしい。h24年の当初は喜びで沸いていた。アホよら、と手を叩いて踊ったものだよ。被害者の恨みが積み重なっていた。私が憎まれたんだよ。そのように心理操作されていたし、孤立、分断作戦だった。その人に聞いてみな。社会の頽廃を見ている。その程度の人々やったんやで。
つまらん人でしかなかった。私は本気でそう思っている。公害とは、被害に遭ったら悲惨な末路でしかない。ほっとけ。相手になったらアカン。親父の言い置きが繰り返される。
https://www.youtube.com/watch?v=VY18f-jWiMo&t=505s 風力発電の呪い
r7.10.23 https://www.youtube.com/watch?v=y_q1boEGh50 日、由良町の風車群を見る。低周波よ、






