「でも自然エネだから本当はいいんでしょ」と多くの人は本心を晒す。私がせっかく風力被害の酷さを説明したのに、なーんや、分かっていないんや、とゲンナリする。この繰り返した。「私たちは知らなかったんです」というからね。ドイツ人はホロコーストの事を知らなかったという。それと同じだ。目の前に風車群が勢いよく回っている。音圧が肌で分かる。風じゃない。空気振動、気圧変動の繰り返した。
けっして慣れることはない。気持ち悪さよ。日本人だけ、風力反対も、抗議デモもない、と書いてきた。本当に不思議な社会現象だ。世界的な風力発電の忌避を見ながら、なんでその理由が分からんのかと思う。環境運動家が特に悪い。再エネの手先になって自己実現する。由良町の人たちだって、被害の事は毎日見ているのにね、見れども見えず、いや、面白いのだ。勝ち誇っているのだった。
21本の風車を見ながら、低周波被害の洗礼を受ける。被害感のない人でも、精神的な攻撃性がな、見れば分かるようになる。社会の雰囲気が暗い闇に覆われる。海外で見られる「Stop wind turbines!」の言葉はついになかった。幻想を見ているんだろうか。被害者の苦しみ、狂気を直接に見ているのに、私をアホにして喜ぶことよ。これはアカンわ、と私も逃げている。考え方がな、彼らの感情の犠牲になりたくはない。
とっくに家畜になった人だと思う。何が面白いものか。由良町では一人だけ、風力発電の被害を訴える。今、衆議院選挙では風車建設を訴える候補者に人々が喝さいの雄たけびを上げている。とても嬉しそうだ。こんなにも隔絶した社会なのだ。敵対する。いいじゃないか。日本でただ一人、風車被害を明らかにする。






