h23年から、延々と風力被害を訴えてきて、結論は当にあることを見ている。初めから被害者たちの口は重かった。死ぬ間際の被害者でも、風力の反対はしない、と言っていた。ただ泣きながらどうしたらいいんや、と喚いていたんだよ。6人ほどの被害者が私を鷲掴みにして泣いた。死ぬ前の喘ぎだった。役場の洗脳支配が入っていた。誰もが「ワシらは役場の言うことが正しいと信じている」と同じセリフを言う。
低周波音で頭をやられているのと、マニュアル化された被害否定のトリックでボロボロだった。世間の笑いものにされてな、私は社会的に抗議運動を目指していたから、かえって歯切れが悪かったのかもしれない。聞く耳を持つ。被害者の悪口がな、固定されていた。同時に私の追放が決められていて、被害者宅に行くと「出て行けっ」と叫ばれる。畑地区や中地区では、道を歩いているだけで叫ばれたからね、人々の激昂、感情的な高ぶりがすごかったよ。
私の住む門前地区でもそれは同じで、よくもこれまでの歴史を踏みにじって私をアホにしてくれたな、と腹の立つことよ。結局、それがその人の本心であったことに気付く。風力被害をダシにして、正体を現したのだ。私もそれは同じ反応だったと思う。私が何者であるのか、風力被害を訴える中で段々と自覚していることがある。核心に近付く。他の被害者たちにそれはないのか、と訝しむ。
死ぬほど苦しんで、弾圧を受けて死んでいくんだもの、何か言い残すことがあるやろ。谷口愛子さんからはたびたび情報があって、『谷口語録』としてまとめてある。小さな谷あいの町で、いかに情報戦、心理戦になっていたか分かる。他にもこんな仕組まれた罠に気が付く人はいるやろうに。結果として誰も何も言わなくなっていた。全国でも同じ結末やな。秋田や山形のように、どんだけ人口が多くても同じことだった。恐怖政治よ。怖いんやで。
奴隷化、家畜化の感性を見る。ナニ、御坊市や有田市でさえ、誰もが黙り込んでいる。遠くに見えるから誰も被害はないんやって。違うよ。被害があって苦しんでいるから抗議しているし、実際苦しみながら人が死んでいる。誰も真実の被害を頬かむりする。関係ない、と言う。見事な支配だ。カネだけじゃないね。グローバル社会の生贄だ。世界ではどの国でも風力反対やっているのに、日本だけそれがない。不思議の国ニッポンを見る。日本人の空虚よ。
r.8 年4/10日、自宅の東面で





