惨めな被害者たちへ、

もうほとんど死んでしまったから、風力被害の歴史を伝えるのは私一人だろ。h23年、それ以前には既に低周波被害に苦しみ死んだ人がいた。役場はそれを知っている。h18年の東伊豆町の風力被害とか、隣町の広川風力で、何があったのかも知っていて、その上で由良町の被害者を弾圧して殺していた。3人か4人の被害者が役場に助けを求めたという。二重サッシを取り付けたり、秘密の契約を交わしたという。

黙れ、ということだ。私が初めて畑地区に聞き込みに行った時には、厳しい目つきで睨まれた。スゴイな、と精神被害を理解したよ。自治会の区長さんに連絡したんでしょ。ところが区長は役場や業者と契約書を交わして議事録まで残している。地域には悪党がいて、学校の先生が悪かった。彼らはすっかり風力の悪魔と化していた。親父の同級生で友達だった竹中貞子教諭は原発反対の闘士でな、教職の中にはペテンのスターがいることを教えてくれた。

私もすぐに分かったよ。こんな悪党が地域の有力者かい。中には少し知っている奴もいて、本当に真面目に資料を渡して説明したものさ。もともとが悪かった。親からも、世間話に聞いたとおり、どうしようもない悪党よ。そんなモノに、なぜ被害者たちは支配されるのか。普通なら、「この人は悪いんや」とみんなが知っている。世間知らずの私でさえ、その人の悪さが分かる。

畑地区、中地区、門前地区、と、すべての人が手のひら返しで被害を否定していた。私に対する憎しみようよ。人物破壊、人格破壊の洗礼を受ける。そのたびに、罪深い私が漂白される思いだった。ナニ、由良守應の前例があるから、こんなもんだろうと諦観があった。しょせん人種が違う。意識が違う。一緒にせんといてくれるか。議員が、役場が手を叩いて踊っていた。それほど嬉しいのだ。いいもの見たよ。今もその人らのアホらしさが面白い。

同調する人々のレベルの低さにも驚いている。だから何を言われようと、そんなに傷ついたりしない。アホよら、とよく言われるけど、「そうですか」と一緒に笑ってやる。私より酷い被害者がたくさんいる。ご愁傷さまだ。それで彼らは幸せなんだよ。私は由良町役場で大変な目に遭ったけど、これも日本では一人だけ、風力反対、抗議が出来た金字塔だと考える。守應は昭和になってもアホにされていた。家族以外に彼を理解する人はいなかった。

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