日本の事を顧みない人たち。

秋田の人が一人、風力発電の被害を訴えている。まだ若いのに、手探りで始めている状況だ。これまでになかったことなので私も驚く。羨ましいか。由良町の風力被害と、つい比較する。規模は違うけど、やっていることは全国どこでも同じ地獄だ。汐見先生は「分かったら地獄」と書いていた。知らん顔して逃げた方が良い、それがこれまでの日本人だった。あるいは弾圧の側になって、被害者を笑いものにして差別する。

優越感。国連COPがあるからね、全国の環境運動家と繋がって、一角の環境運動だ。話を聞いてみたら高揚感で舞い上がっていた。トリック。嘘八百のセリフを繰り返すのだ。本当にそんな地球温暖化説を信じているんだろうか。風車教、カルトにしか思えない。ご自分で作ったらしい資料をもって説明する。すでに偏執狂だ。パラノイア、妄想なのに。そんな奴らが集まって全国大会だという。

「ヘンッ、聞こえない音がなんで煩いんだ、アンタ可笑しいんと違うか」私を笑うがよい。彼らには何言っても通じない。由良町の人にもな、まったく同じ浸み込んだ狂気が溢れ出る。よくこれで社会生活が出来るな、と思うんだ。近所の百姓たちに聞いてもな、「ワシらは何ともない、オマエが間違っている」と断じるのだよ。これって、水俣市の状況とソックリだ。被害の現実がある。

その悲惨な事件を見ているのに、住民たちはアホにして喜んでいる。決められたセリフを吐くのだった。水俣市でも、由良町でも同じ言葉を聞くでしょ。後戻りはない。社会が破壊されて、ネジを巻かれると人々はロボットと化す。あっ、そうそう、ドイツ人にホロコーストの事を聞くと「私たちは知らなかったんです」というのと同じ心理かな。ユダヤ人狩り。被害者への弾圧。

殺人事件なのに、いや、もっと大胆な社会支配だ。デストピア。それが人々の正体だったのか、ゲーテや、ヘルマンヘッセのドイツ文学はあんなに輝いたのにな。由良町だって平和な緩い町だったんやで。それが、気が付いたら目くじら立てて怒っている。なんやコイツラわ。