由良町では、今も風車21基が高速で回っている。麓に暮らす人たちに何もないはずがない。100人ほどの被害感のある人が苦しんでいる。何も感じなくとも、いやいや、あの音が聞こえない、なんてことはない、不気味な体調の悪さを実感する。首の神経が痛くなるのも、後ろを振り向けなくなるのも同様だ。更年期障害だと笑われる。人の苦しみが面白いのだ。暗示を受けているんだね。気のせい。思い違い。
風力発電の被害を否定する言葉があふれている。ぜーんぶ、ご自分の責任でしょ、持病でしょ。風車は関係ない。因果関係はない。議員も役場もボロクソに弾圧してくれる。動物扱いされているのに、住民はヘコヘコして媚びている。私に対しては汚い言葉で罵るのにさ。どうなってるんやろ。みーんな、役場の手先、風力に協力しているんだってよ。彼らは勝ち誇っているから、洗脳されたんやで。
目まいや耳鳴り、頭痛に苦しんでいるのに、人生が破壊されてしまったのにさ。Xではやっとこさ、海外の風力反対記事が一つだけアップされていた。しかし誰も反応はない。やはり私だけかい。全国には大勢の風力被害者がいて苦しんでいる。ペテンのエセ反対があって、その騙し絵が分からない。土砂崩れが心配ですと扱くか。アホにされているのに、日本人にはそれが分からない。
私を見て、あんなにはなりたくない、と思うらしいのだ。それで、みんなと一緒、とか言って死んでしまう。それをたくさんの被害者は見ている。なんせ小さな町だもの。誰が被害者か、なんて誰でも知っている。私が住む門前地区でもな。昔から付き合いのある古い隣人でも、とうとう断絶だ。家柄意識が、こんなにも明らかにされる。ただの武家ではない。源氏の血を引く千年の旧家だ。
私が最後の一人になった。これまでの歴史を振り返ると、やっと結論が出たか、という思いだ。年取ると、先祖の思いが出てきますな。親や祖父母の言葉が正しいと判断する。親の言うことにアダはない。ほっとけ。関りになったらアカン。被害地を見て、私もそう思う。価値観、認識が違うのだ。日本が落ちていく。我家だって、京都からの都落ちだ。よくもここまで生き延びたんだよ。



